★ 日本の鍼について ★
> 名前 = S
> 性別 = 女性
> メッセージ =
> はじめまして。 私はニュージーランドに住んでおり、このほど一大決心して、今年からニュージーランドの鍼灸専門学校に通いはじめました。
> 日常英会話は結構慣れていたはずなのですが、英語で東洋医学や西洋医学、解剖学等を学ぶのはと ても大変です。
それで授業内容が分からないとき、ときどき日本語版のインターネットで情報を得ているのですが、調べたい事柄を検索していると、よく松岡さんのwebサイトに行き当たります。
とてもためになる事が書いてあり、大変助かっております。
> ところで、現在私が通っている学校は、中国式の鍼灸を教えており(こちらで日本式を教えている学校はまだありません)、学校内のクリニックで何度か先輩(3&4年生の生徒達)に針を打って もらったのですが、痛くて仕方ありません。
> 日本で打ってもらったときはまったく痛くなく、しかも効果があったのですが、中国式は慣れず、> 最近では針を打つ前から体が緊張してしまってリラックスできないので、効果があまり感じられま せん。
> クラスメイトに「鍼灸師を目指しているのに、そんなに針を怖がっていたんじゃ仕方ないね」など と笑われています。> でも、痛い針は苦手です。
> 今の学校在学中に、中国式の良いところも取り入れながら、機会を見つけ日本にも短期留学し、将来はニュージーランドにて、私のように痛いのが苦手な人(敏感肌?の人)のための日本式鍼灸治> 療をしていきたいと思っています。
> そこで、短期滞在(2週間~1ヶ月)になりますが、もし日本式鍼灸を教えてくれるところをご存知でしたら、是非教えてください。お願いします。
> 言葉の壁もあったりで、なかなか険しい道に入ってしまいましたが、長い間探していたものをや っと探せたような感じがしています。


こんにちは、ツボ探検隊の松岡です。
海外で鍼灸を学んでおられる日本人と云うことで、日本鍼の特徴について長くなりますが、少し詳しく説明します。

数千年前に中国で開発された鍼治療法は日本には朝鮮半島経由で1000年程前、ヨーロッパへはイエズス会の宣教師によって300年程前に伝わったとされています。
そして今やご存じのようにアフリカ大陸も含め世界中に広まっている鍼治療ですが、実は日本でのみ大きく「変異」しました。

先ず治療用の鍼が中国に比べてずっと細く、短く、柔らかい鍼に変わったのです。
この細い鍼を江戸時代の日本人鍼灸師(杉山和一)が考案した「金属管」を用いて皮下に打ち込みます。
日本以外は朝鮮半島、アジア各国、南北アメリカ大陸、ヨーロッパ各国、オーストラリア、ニュージーランドもそうですね。全て中国と同じ鍼、同じ治療法です。他国では鍼治療に金属管は用いません。

つまり、出発点は同じ中国発なのに日本でだけ「如何に痛くなく鍼治療を進めるか」に大きなエネルギーが費やされているのです。
日本では「痛くない鍼へのニーズが何処よりも強かった」早い話、日本人は非常に「鍼を刺す痛みに敏感」=「痛がり」だということですね。

この事は非常に重要なことで、
「痛み」を感じるレベルというのは皮膚の知覚が「敏感」と単純に考えるよりも実はもっと深い、いわば脳の「思考」スタンスに左右される様に思われます。
つまり、痛みを感じるレベルは意外なほど主観的なもので、無意識下に漠然とした不安感、恐怖心がのさばっている人ほど痛みに弱いです。
(根っからポジティブ・シンキングの方は余り痛がりません)

鍼を打つ前に既に「恐い~恐い~」と魂が叫んでいる感じでしょうか?
私の治療院に来られる同じ鍼初体験の方でも外国人に比べて日本人は恐怖心で全身がピリピリしている人が多いです。
治療前に既に冷や汗で全身ビッショリになってしまう人が多いのも日本人の特徴です。
鍼を打たれる前から「痛い、痛い」と全身が叫んでいるのですから、「皮膚が敏感」以前の問題と考えざるを得ないです。
そんなときは試しに強くくすぐっただけでも「痛い!」と悲鳴を上げるかも知れない、そんな感じです。

形状の違い、金属管を用いる施鍼法が日本鍼の特徴の一つ、
あともう一つの大きな日本だけの特徴は「ツボ」の考え方です。
これは日本で歴史的に最も名を馳せた鍼灸師が「盲人」だったと言うことに由来していると考えられます。
江戸時代の杉山和一で、先の日本独自の「金属管」を考案した人です。
侍医や有名な鍼灸医でも治せなかった将軍:徳川綱吉の難病(うつ病)を治した功で旗本の地位を与えられ、名を冠した神社(杉山神社)まで出来た人です。
この人は後年、自分と同じ盲人の自立手段として鍼灸教育に情熱を傾けたのです。
彼の功績により世界中で日本でだけ今も盲人鍼灸師がいます。(盲学校で鍼灸を教育しています)
実はこの盲人:視力障害者が鍼灸を行う事は他国の鍼灸師が誰も発見しなかった重要な事実を発見するきっかけを作りました。
目の見えない人はよく見かけるような全身のツボを紙に書いた絵図(経穴図)ではツボの位置を学べません。
つまり、最初から人体に指で触れてツボの存在を学び、自らが手探りで捜して鍼を打つしかないのです。
健常者のようにツボの位置を絵図で憶えたり、目視で測って決めることは出来ない訳です。

しかし盲人独特の鋭敏な指先が、実は「ツボ」がきっちり決まった所に存在するのではなく、同じ人でも時には治療の度に微妙に形状も位置も変化する「可変性」のものだと知るのです。
個人差は当然としても同じ人でもツボの位置が微妙に変わることなど「ツボが生き物」であることを発見します。
(実際は生きている生物だから、ツボが出来る訳なのですが・・・)

ツボに対するこの様な考え方は今も中国はもとより、他の国々でもほとんど知られていないことです。
かつて私はこの事を中国で何度も説明しましたが、「それは単なる阿是穴でしょう、経穴では有りません!」と一笑に付されるばかりでした。それなら※「阿是穴」の最大公約数が「経穴」であり、系統化したものが「経絡」と考えるべきです。
しかし、もう今は「ツボの可変性」について中国では話す気持ちもありません。

※「阿是穴」(あぜけつ)
「阿」は中国語で「あ~!」という感嘆語です。英語なら「OH!」ですね。
「是」は「此処ここ」とか「其処そこ」とうことですから、「阿是穴」とは人から触られら時に「あ~、そこそこ」と感じるツボの意味です。


最近も国連のWHO(国際保健機構)でツボの位置についての国際会議が催されたようです。
同じ名前のツボが国によって微妙に位置が違っているので、これを統一しようとする会議でした。 
生きている人間の皮膚に現れるツボに「絶対的な」位置など有ると考える方がおかしいでしょう?
「ツボ」は概念でも宗教でも無く、病んだ人体が体表(皮膚)に発信した自己修復を促す信号です。

この様な信号が体内から皮膚上に現れ出ることを最初に発見した古代中国の偉大なる観察者達は「何の偏見もなく」ただ皮膚上に現れた「事実」だけを逐一書き残してくれたお陰で、何千年を経た今日もツボには価値があるのです。
「事実」だけに価値が有るのが「科学」のはずです。
国ごとに伝承されているツボの位置を一つに決め付ける為に国際会議を催すなど、もう「笑うしかない」です。

日本流の鍼治療では頭ごなしにツボの位置を暗記するのではなく、鍼を打つ前にツボの規定位置に触れてみて、ツボの存在を確認するのが特徴です。
規定位置に目標とするツボが無い場合は周辺を捜します。
どこにも目標のツボが現れていない場合は自らの誤診を考慮します。

腕の良い盲人鍼灸師(盲人でない腕の良い鍼灸師も同じ)ではツボの規定位置など最初から無視して手探りだけで皮膚の異常(ツボ)を発見して、病態を診断しながら鍼を打つのが日本的です。
日本で鍼の名人と言われている人は先ず間違いなく盲人でなくても、盲人と同じように、指先の感覚でツボをキャッチできる人です。

昔から、三度の飯より鍼が好きみたいな「大変な鍼好き」という人が居るのですが、こんな人に限って「指先が敏感な盲人鍼灸師しか本当のツボは見付けられないはずだ」と信じていて「眼あき鍼灸師」の存在を否定するのです。
こんな人が居るのも日本だけの現象でしょう。
「眼あき」でも訓練次第でツボはキャッチできるのですが。

以上の鍼の形状とツボに対する考え方が最も大きな日本鍼の特徴でしょう。
もちろん治療理論もかなり中医学とは違うのですが、こちらは日本国内でも流派によって大きく違うので一概に述べられません。
しかし、鍼とツボに対する考え方が違うと治療自体がかなり違ってきます。

(鍼の形状や治療理論の違いはそのまま得意とする適応症の違いと成ってきます。太くて長い中国鍼は麻痺性疾患には日本鍼よりも適しています)

中国鍼は確かに太いし鍼管も用いないので、時として非常に痛いのですが、ツボの取り方も定型的なので、あの程度の太さでないと刺激波が及ばず、効かないような気も正直します。
中国式のツボの取り方ですと、日本鍼の細さでは効果が薄いと思います。
日本鍼を練習される場合は先ずこの個々のツボを正確に取る日本風のツボ取り術を学ぶ必要が有りますね。

日本鍼の解説が長くなってしまいましたが、日本の鍼灸学校は基本的に日本の鍼灸国家試験(学科試験)合格の予備校であって、決して鍼治療テクニックを教える施設ではないのです。
おそらく学外の者に短期で鍼を教えてくれるカリキュラムを持つ学校は無いと思いますが、一応鍼灸専門学校で検索され、電話で直接お聞きになって下さい。※




※追記情報
①鍼管を用いない中国鍼法では刺入時の痛みを少なくするために切皮瞬間のスピードを上げる必要があります。その為にはどうしても指先に強い力が要るので、腕の力を指先に集中させる訓練が大事になってきます。指先だけで硬いピーナッツを潰すなど鍼を持つ指先を鍛えて下さい。指に力が付くと太い中国鍼でも無痛で打てますよ。

②日本鍼灸を昇華させると、細い鍼で小さな刺激でありながら大きな効果という非常に効率的な治療が可能になってくるのですが、習得は実はシステマティックにまとまったカリキュラムを持つ中国鍼と違って個人の能力に依存するので圧倒的に難しいです。難しい上に真の臨床訓練の施設も無い状態ですから、大多数の日本人鍼灸師は残念ながら中国の平均的な鍼灸師に臨床術において負けています。

③先月北京に行って来ました。政府からの経済支援も受けて、新しい脳性麻痺などの難病鍼灸治療施設が出来るのです。
この時の歓迎式典で関係者から聞いたのですが、ご存じのように現在の中国政府は様々な事情(思惑?)から、アフリカ諸国支援に大きな力を入れています。
中でも北京政府は鍼灸師の大量養成をこの支援プロジェクトの大きな柱としているそうです。
現在既に幾つかの国で鍼灸施設を建設中ということでしたが、ナイジェリアの鍼灸学校は間もなく完成だそうです。
現代医学の億単位の検査機器を使い、高価格に加えて副作用も多い薬物治療を普及させることなど、そもそもアフリカのような発展途上国には無理なのです。
同じ病気を治す際の費用対価:コストを考えると鍼灸は現代医学の薬物治療の数十分の一で済むのです。
鍼灸は細い金属棒を刺すだけで、事故による外傷や早期に手術するべき悪性腫瘍などの自然治癒力の及ばない疾患を除けば、感染症も含めてほとんどの病気に対応出来るのです。
これは世界保健機構(WHO)の施策でもあるのですが、アフリカのような根深い貧困地域ではコストの安い鍼灸を医療の主軸としていく以外に多くの人の健康を守る手はないんですね。
もちろん、アフリカに限らず、日本も含め、世界中で現代医学の医療コスト上昇の弊害が叫ばれ久しくなっています。
今後のアフリカ諸国の医療主体が徐々に鍼灸に転換していく様を眺めるのは一鍼灸師として興味津々です。


※後日、質問を頂いたご本人からのメールで
大阪:森ノ宮医療専門学校では外部からの聴講生を受け付けている事が分かりました


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