全て「ニ穴」と記されているのは足胃経のツボ群(両足)ですから二つあるのです。
最近の同類書と違うのは、「お灸」についてしっかりと書かれていることでしょうか。直接灸は現在の中国の医療機関ではほとんど行われていませんし、日本でも今日では跡が残るお灸は好まれません。特に衰えた身体や慢性病などではお灸の効果は凄いんですけどね。

しかし昔の日本人は日頃から自分自身で足の三里にお灸をしていた人がとても多かったのです。
「月日は百代の過客にして行きかふ年も、また旅人なり」

松尾芭蕉が深川の庵からいよいよ「奥の細道」への旅に出る気持を著したこの「プロローグ」も「平家物語」「方丈記」「徒然草」などの古典の序文と同様に声を出して読むと如何にも耳に心地よく、又旅立たずには居られないボヘミアンの心情が美しく語られ素晴らしい文章ですね。
実はここにも「足の三里の灸」が登場します。
東北への旅を決意した芭蕉は「もも引きの破れた所を繕って、編み笠のヒモを付け替えて三里にお灸をすえ始める」のです。
当時の日本人の旅は全てが徒歩の旅ですから、「足の三里」の灸は道中の「健脚」を守る為、そして長旅の体力の基本である「胃腸」を守る為の両方の効果で旅人の必須アイテムだったのです。


「奥の細道」の余りにも有名なプロローグより

月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり。
 
舟の上に生涯を浮べ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅を住みかとす。
古人も多く旅に死せるあり。

予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず。

海浜にさすらへ、去年の秋、江上の破屋に蜘蛛の古巣を払ひて、やや年も暮れ、春立てる霞の空に、白河の関越えんと、そぞろ神のものにつきて心を狂はせ、道祖神の招きにあひて取るもの手につかず。

股引の破れをつづり、笠の緒つけかへて、
三里に灸すうるより、松島の月まづ心にかかりて、住めるかたは人に譲り、杉風が別墅に移るに、 草の戸も住み替る代ぞ雛の家


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